イスラエル見聞録
その3
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- まずはポンドの調達
まずは一通りロビー内をウロウロしてみた。免税店も多く並んでいるが、両替所
もいくつかあった。なぜかマクドナルドもロビー内にあった。
出発案内のモニターを見たが、テルアビブ行きのゲート番号は表示されていない。
どうやら、出発の 1 時間前にならないと表示されないらしい。寂しい限りであ
る。
自分ではあまり気にしていないつもりだったが、かなりナーバスになっている
ようだ。お腹が空いているのだが、食事をしたいと思わない。「何も喉を通ら
ない」状態になってしまった。この状態が 1 週間続けば良いダイエットになる
かもしれない(笑)。
それよりも、食べる云々を考える前に自分はポンドを持っていない。仮に何か
を食べようとしても、今のままでは何も買えない。とりあえず、ロビー内にあっ
たトーマスクック 20 米ドルをポンドに両替した。
- とにかく暇。暇、暇、暇
待ち時間というのはとにかく暇である。ボケーっと飛行機を眺めて過ごす。そ
れも飽きてくると本を読む。するとすぐに眠気がやってくる。しばらくうたた
寝する。また目が覚めて飛行機を眺める。それの繰り返しである。
数人で行動していれば話しもできるし、荷物を預けておいてロビーをウロウロ
できるんだろうが、今回は 1 人きり。回りの人は外人ばかり(当たり前だ)なの
で、世間話をすることもできない。
途中で、日本人のおばちゃんの団体が現れた。例え「オバタリアン」であって
も日本人を見ると安心してしまった。最終目的地は分からなかったが、そのう
ち集合時間になったらしく、どこかへ行ってしまった。
ぼーっと飛行機を眺めていたら、やたらに喉が乾いてしまった。本当は烏龍茶
が欲しかったが、ロンドン、しかも、ここヒースローではそのようなものは入
手できないだろうから、ミネラルウォーターを探した。しかし、免税店ばかり
で、売店のようなところは見当たらなかった。(後になって、近くに売店があっ
たことが分かった。すごく悔しかった。)仕方ないので、マクドナルドでコーラ
だけを購入する。
- まだ先は長い
うたた寝からふと気がついたら 19:40 くらいになっていた。あと 2 時間しな
いと飛行機にすら乗ることができない。
日本を出発してはや 15 時間ほどが経過したが、まともに寝たのはまったくと
いっていいほどない。ほんの数時間あるか、ないかである。
もうすぐ 20 時になろうかというのに、まだ太陽の位置は高い。今の季節の日
本でいえば、 16 時くらいだろうか。それだけ緯度が高い位置に来たというこ
となんだろう。出発便もピークのようで、ロビーを行き来する人の数も多く
なってきたように感じる。
やがて日が暮れれしまった。まだ飛行機は出発しない。出発しないどころか、
ゲートすら分からない。だんだん嫌になってきてしまった。突然日本に帰りた
くなってきた。
ようやく 21 時を回った。まだ自分の乗る BA163 便のゲートが表示されない。
搭乗開始予定時刻の 10 分前になっても表示されないので、案内所に尋ねてみ
たら、 11 番ゲートだと教えてくれた。 11 番ゲートに移動する。
- おっ、日本人がいる
11 番ゲート付近に日本人の観光客らしき人がいた。どうやら、新婚旅行のよう
だ。ちょっとうれしかった。「もしかすると、テルアビブ行きか?」と期待した
が、アテネ行きだったらしく、違うゲートに移動してしまった。ものすごくがっ
かりしてしまった。
- ようやく搭乗、、、しかし、、、
22 時頃にようやく搭乗開始となった。テルアビブ行きは B757 が使用される。
初めて乗ることになる。ちょっとワクワクしていた。が、今はとにかく眠かっ
たので、一刻も早く飛行機に乗りたかった。
エコノミークラスの自分のシートにたどり着いてがく然とした。シートピッチ
が狭く、前のシートを倒されると食事はおろか、飲み物すら満足に飲むことが
できないほど圧迫感がある。日本の国内線でもこのような圧迫感はない。むか
ついていたが、眠気の方が優先されていたので、どうでもよかった。この時は
とにかく眠ってしまいたかったのである。
飛行機に乗って、座席に座って一段落したら速効で寝てしまった。途中でドリ
ンクサービスや食事のサービスがあったが、半分寝ながらだったので、何を食
べたのかほとんど覚えていない。何か食べたことは覚えているが、何を食べた
のかは未だに思い出せない。
- 5 月 10 日の夜明け
どれくらい寝ていたのかは分からないが、途中で目が覚めると、真っ暗な中で
地平線(水平線?)がかすかに明るくなりつつある景色を見ることができた。自
分にとって、非常に長かった 5 月 9 日が終り、ようやく 5 月 10 日の朝を向
かえた。
どこで見てもそうだが、日の出というのはどこか幻想的で、宗教がかったよう
に見えてしまう。
- 嵐の中のフライト
しばらく飛んでいると、ガタガタ揺れ始めた。どうやら、気流が悪いらしい。
しかし、揺れ方が半端ではない。台風の中を飛んでいるかのように揺れている。
大学時代に台風の中を福岡から沖縄に向かったことがあるが、それに匹敵する
ほど揺れている。
そんな中でイスラエルの入国カードを書いていたら、乗り物酔いに近い状態に
なってしまった。あやうく、吐くところだった。滅多なことでは乗り物酔いに
ならない自信があったのだが、自分でも驚いてしまった。
- ベングリオン国際空港に着陸
揺れは収まる気配はなかった。窓の外は真っ暗で何も見えない。窓ガラスに水
滴が付いているみたいだった。どうやら、雨が降っているらしい。
機体はどんどん高度を下げていく。機械音が機内に響いている。『あっ。フ
ラップを下げた。このタイミングならまだ 10 度だな』とか、『さらに下げた。
そろそろ 25 度くらいだな』などと勝手なことを想像していた。
なんとかテルアビブのベングリオン国際空港に着陸した。無事に地面にたどり
着いた。滑走路が濡れているようだ。どうやら、外は雨のようだ。しばらくタ
キシングした後、所定のスポットに止まった。どうやら、ターミナルビルのス
ポットではないようだ。後で気がついたが、ベングリオン空港には日本の空港
のように、ターミナルビルから直接飛行機に乗り込むことはできないようだ。
- 入国審査へ
降機するときはほとんど降っていなかったが、雲が低く垂れ込めている。蒸し
蒸しした気候を想像していたが、意外に肌寒かった。ウィンドブレーカーを着
ておいて正解だった。
タラップを降りるとシャトルバスに乗り込む。シャトルバスでターミナルまで
移動する。ターミナルに入るとすぐに入国審査がある。パスポートと入国カー
ドを提出。イスラエルへの渡航目的や滞在場所を聞かれる。ここではどこの国
の入国審査でもあるような、『イスラエルには初めて来たのか?』『仕事で来
たのか?』などを聞かれた程度。別にしつこく聞かれることもなくパスポート
にスタンプが押される。パスポート提出時に「No stamp please」と言わなかっ
たので、パスポートにイスラエル入国許可のスタンプを押されてしまった。こ
れで、このパスポートの有効期間内(あと 9 年ほど)はアラブ諸国に入国でき
ないことになった。
- このまま出ちゃっていいのかなぁ、、、
入国審査を通過すると手荷物受け取り場がある。ここでスーツケースを受け取
る。成田で預けたスーツケースは無事出てきた。ロストバゲッジを恐れていた
のだが、そんな目に合うことはなかった。
スーツケースを受け取って到着ロビーへ向かう。前回、イスラエルに来た会社
の人の話しでは、到着ロビーに出る前になにやら質問を受けると聞かされてい
た。ブリーフケースに必要な書類準備しておく。
到着ロビーに向かって進んでいくと、係員らしき人たちがいたが、呼び止めら
れる様子もない。思わずキョロキョロしてしまった。怪しまれるのも嫌だった
ので、そのまま通り過ぎていった。何事もなく通過できてしまった。『入国時
はさほど厳しくなく、厳しいのは出国時なのかもしれない。』と考えることに
した。
- タクシー運転手の出迎え
到着ロビーに出ると、出迎えのタクシー運転手 Mr. Bernardo 氏がいた。持っ
ていた紙には "WEKI MANATSUNE" と書いてあったが、これくらいはご愛敬だろ
う。型どおりの挨拶の後、持っていた紙を見せながら『名前はこれで合ってる
か?』と聞かれたので、『残念ながら間違っている。ここが違う。』と指摘し
てしまった。ベルナルドさんはすまなそうな顔をしていた。
To Be Continued…
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